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SOUTH PACIFIC (南太平洋)(1958)
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解説&ストーリー
『南太平洋』のミュージカルは、1948年の初頭、リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタインU世を説得して、ジェームズ・A・ミッチェナー(James A. Michener)の第二次世界大戦中での南太平洋各地の挿話をまとめた短編集「南太平洋物語」(Tales of the Soutu Pacific)(1948年のピュリッツァー賞を受賞)の中の一編を次ぎのブロードウェイ公演の原作とするように強く勧めたのは演出家のジョシュア・ローガンであったと言われてる。彼は、はじめジョー・ケーブル中尉(Lt.Joe Cable)とポリネシア人の娘との、甘く切ないロマンスを描いた「金のため/Fo'Dolla」を使うように勧めたが、ロジャースとハマースタインは、その短編の内容が『蝶々夫人/Madam Butterfly』と似ているいるため、これだけでは不十分と判断して、その短編はサブ・プロットとし、ミッチェナーの別な短編『我らのヒロイン/Our Heroin』をメインの物語として使用した。
こちらのプロットは、リトルロック出身のナイーヴな海軍看護師ネリー・フォーブッシュ(Nellie Forbush)と、太平洋の小島で農園を営むフランス人エミ−ル・ド・ベック(Emile de Becque)という奇妙な取り合わせの二人が「魅せられた夕べ」に出会って恋に落ちるというものであった。ケーブルとド・ベックが日本軍の占領地域を偵察する危険な任務に就くことで、二つのストーリーが一緒になり、ド・ベックが無事生還する。エミ−ルは、昔むかしその島の娘と結婚して二人の子供がいることをネリーに告白するが、それについて歌われる「よく考えて」では人種的偏見の無意味さが表現され、このミュージカルの重要なテーマの一つとなっている。
ジェームズ・A・ミッチェナー(James A. Michener)の原作は以下の作品のようにほとんど映画化されている。『大洋のかなたに』(Master of the Islands)('70)、『ハワイ』(Hawaii)('66)、『ドノバン珊瑚礁』(Donovan's Reef)('62)、『南太平洋』(South Pacific)('58)、『サヨナラ』(Sayonara)('57)、『トコリの橋』(The Bridges at Toko-ri)('55)、『第八ジェット戦闘機隊』(Men of the Fighting Lady)('54)、『楽園に帰る』(Return to Paradise)('53) 等々がある。
『南太平洋』はブロードウェイ・ミュージカル100年の歴史のなかで、最高のチームといわれたロジャース=ハマースタインの大傑作で、製作はロジャースとハマースタインU世、製作協力はヘイワードとローガン、作詞はハマースタインU世、作曲はロジャース、台本はハマースタインU世とローガン、演出はローガン、主演にはエンツィオ・ピンツァ、メリー・マーティン、助演にウィリアム・タッパード、ファニタ・ホール、ベッタ・セント・ジョン、マイロン・マコーミック。
1949年4月7日、ブロードウェイ、マジェステック劇場オープンしてセンセーショナルな反響を生み、1954年までの5年間、1925回のロング・ランを記録した。ロジャース=ハマースタインは1943年『オクラホマ!』を発表して以来、『サウンド・オブ・ミュージック』('59)までの17年間に、ブロードウェイ・ミュージカルを9篇、映画、ミュージカル、TVミュージカルをそれぞれ発表し、ブロードウェイで上演された9篇だけを見ても、上演が一番少なかった『パイプ・ドリーム』でさえ246回というロング・ランの公演であった。
9篇のうち4篇までは4年から6年に及び驚異的な長期続演の記録を樹立したが、その4大傑作をロング・ランの回数順にあげると、『オクラホマ!』('43年、2212回)、『南太平洋』('49年、1925回)、『サウンド・オブ・ミュージック』('59年、1443回)、『王様と私』('51年、1246回)ということになり、これに『回転木馬』('45年、890回)を加えて、ロジャース=ハマースタインの5大傑作という見方もあり、この5篇のほかに『フラワー・ドラム・ソング』('58年、600回)の6篇までが映画化された。
『南太平洋』はロジャース=ハマースタインの第4作に当り、『オクラホマ!』に次いで大ヒットしたミュージカルで、ミュージカルの素材につねに新しいアイデアを持ち込むことで有名なロジャース=ハマースタインの特徴が非常によく出ている。第一作の『オクラホマ!』は西部を扱い、モダン・バレエを取り入れて大成功し、『南太平洋』は第二次大戦を扱ったミュージカルとしてユニークなものになっている。また、『王様と私』は東洋的なエキゾティシズム、『サウンド・オブ・ミュージック』はオーストリアのローカル・カラーを取り入れ音楽的なアイデアと人間性に訴えるドラマの巧みな結び付き等、ロジャース=ハマースタインの作品が幅広い観客層に受け入れられている理由でもある。
映画化のスタッフは、製作をバディ・アドラーが担当、監督にジョシュア・ローガン、脚色にポール・オズボーン、音楽監修と指揮にアルフレッド・ニューマン、補佐にケン・ダービー、編曲にエドワード・B・パウエル、バーナード・メイヤーズ、ピート・キング、ロバート・ラッセル・ベネット、撮影はレオン・シャムロイ(アカデミー受賞)が担当した。 ハワイのカウアイ島で2ヶ月に及ぶ大規模なロケーションが行われた。
映像は、TODD AO 70mmの巨大スクリーンに投射された折角の美しい風景に様々なカラー・フィルターがかけられたシーンは、舞台の照明を意識したものであったと言う。
興行的には国内外で大成功し、製作費500万ドルに対し、全米配給収入だけで1850万ドルを稼いだ。 日本では1959年に公開されたが、その後の66年、69年と上映される毎に話題を呼んだ。
キャストには、農園主エミール・デ・ベック役にロッサノ・ブラッキー、彼はイタリア生れの端正なマスクで渋い二枚目の国際スタースターで、1947年、『若草物語』に出演のためアメリカに渡った。キャサリン・ヘップバーンと共演した『旅情』で女性人気を圧倒的に獲得し、以後、国際スターとしての道を着実に長いキャリアを持つ俳優。イタリアのボローニアに生まれで、大学の法科を卒業時は法律を職業にしていたが、出演していたラジオや舞台の仕事がやみつきとなったという変りダネである。
海兵隊中尉ジョー・ケーブルにジョン・カー、トンキン女ブラディー・メアリーにファニタ・ホール、その娘のリアットにフランス・ニュイェン、ブラケット大佐にラス・ブラウン、ルーサー・ビリスにレイ・ウォルストン(ロンドン公演の舞台にも出ている)が演じた。ブラッツィの歌唱はジョルジオ・トッツイ、ジョン・カーの歌唱はビル・リーがそれぞれ吹き替えたが、ケン・ダービー・シンガーズは水兵達と出演している。
(Magna Corporation/Twentieth Century Fox 1958 Film TODD-AO 70mm 158 min.)
ストーリー
太平洋戦争たけなわの頃、ジョセフ・ケーブル中尉(ジョン・カー)は、南太平洋のアメリカ軍の前線基地へ特別任務を帯びて赴任してきた。彼の目的は、この島に農園を営んでいるフランス人のエミール・デ・ベック(ロツサノ・フラッツイ)の身許を確かめ、まもなく軍が決行しようとしている作戦に協力してもらうことにあった。一方、エミールは海軍きっての美人で人気者の看護師ネリー(ミッチー・ゲイナー)を招いていたが、彼女はいかにもヤンキー・ガールらしく陽気で飾り気がなく、エミールはすっかり心を奪われてしまう。一方、ケーブルは、土産物を売るトンキン女のブラッディ・メリー(ファニタ・ホール)や、兵隊でありながらヤミ商売に精を出すルーサー・ビリス(レイ・ウォルストン)に出会うが、海は蒼くおだやかで美しく、海辺からうっすらと靄を透して見える島をブラッディ・メリーは、「神秘の島バリ・ハイ」と教え、そして、あの島はあなたを呼んでいると・・・。
ケーブルは、指揮官であるブラケット大佐(ラス・ブラウン)に司令部が立案した「鰐作戦」の内容を報告し、敵はガダルカナル島に兵と武器を輸送するため、マリー・ルイス島と近くの島の間にある狭い区域を利用しようとしているので、ここを通過する時に集中攻撃を行うという作戦である。そのためには島に渡り、敵の様子を探って本隊との無線連絡が必要であり、土地の地理に詳しく信頼のおける協力者にエミール・デ・ベックを見込んでいたのであった。彼がエミールの身許を知りたかったのもそのためであった。早速、ブラケット大佐は、エミールと親しくしているネリーに調査を依頼することにする。ネリーは、エミールが、どうして殺人を犯かしたのかを聞き出し、殺した相手というのは、世間の嫌われ者で、彼に襲いかかったが、誤って死んだことがわかった。ケーブルは、エミールの過去を知り、協力を頼むのだが、ネリーを想うエミールは耳を貸そうともしない。彼の心は、ネリーのことや、まだ打ち明けられずにいる二人の子供たちのことで一杯だったのである。
ある日、バリ・ハイでケーブルは、ブラッディ・メリーに可憐な美少女を紹介され、彼女はリアット(フランス・ニューエン)といい、フランス人とブラッディ・メリーの間に生まれた娘であった。その美しさはケーブルの心を捉え、リアットもまた彼に恋をする。若い二人の心は、燃えあがったが、結婚となれば話は別で、ケーブルはリアットとの結婚を持ち出されて悩むのである。ネリーは、エミールと二人きりの夕食を終えた美しい宵、彼に二人の子供がいることを知らされた。彼が土地の女に生ませた子供たち、子供に罪はないが、土地の女と関係を持ったエミールにネリーの心は傷つき、許せないという思いが込み上げてくる。いまにもエミールに寄せる愛も薄れかけていくかのようであった。やがて、兵士たちの尉間のための賑やかなショーが行なわれたときも、陽気に舞台で歌い踊るネリーの心は複雑で、あれほど愛した人に土地の女との関係があった事実、その女が今はこの世にいないと分かっても、傷ついた心はなおらない。ショーを終えた後で、花束を持って会いに来たエミールに、ネリーは転勤願いを出したことを告げるのである。ネリーを失ったエミールと、リアットが忘れられないケーブルの二人はいま、同じ悲しみを抱えている者同士だが、やがて、あれほどケーブルに協力することを拒んでいたエミールが心を変え、敵の情勢を探るために作戦に加わることになった。
ケーブルとエミールの乗った軍用機は、敵の対空射撃を受け横腹に大きな穴を開け、無断で乗っていたビリスはケーブルに発見され、慌ててその穴から落下してしまう。彼のパラシュートは、たちまち、敵に発見され、集中攻撃を受けたが、無事に救出された。だが、アメリカ海軍がこの男ひとりのために被った損害は甚大であった。エミールとケーブルは、無事目的地マリー・ルイス島に着陸し、移動しながら情報を無線で連絡していた。だが、ケーブルは機銃掃射の被弾で亡くなりエミールの知らせに指令部は一瞬静まりかえった。ネリーは、エミールを想って、いても立ってもいられなく、彼もまた、彼女のことが忘れられなくて苦しんでいる。エミールと二人だけで過ごした魅惑の宵、あの日が、再び帰って来ることがあるのだろうか。ネリーは、エミ−ルの子供たちが待っている彼の家で子供たちと共に食事をしていると、一台のジープが停まり、降りて来たのは、エミールであった。ネリーを見つめるエミールの目は、もうあなたを離さないと・・・。
ミッチー・ゲイナー(Mitzi Gaynor)
ミッチー・ゲイナーは、1931年9月4日、ダンサーの母とバイオリン、チェロ奏者で音楽ディレクターの父との間にシカゴに生まれ、4歳の時からダンスをはじめ、7歳でバレエを学んだ。家族はデトロイトに転居するが、彼女が11歳の時にカルフォルニアへ引っ越し、バレリーナとして、そして合唱団のダンサーとしてのキャリアを開始し、13歳の時に、ロサンゼルス・シヴィック・ライト・オペラ劇場でミュージカルやオペレッタに出演した。彼女はハリウッドのハイスクールに通学し、17歳で20世紀のフォックスとの7年の契約を結び、1950年にベテイ・グレイブル&ダン・ディリュが主演した『私の青空』(My Blue Heaven)でデビューした。1951年に『Golden Girl』、『Take Care of My Little Girl』などのミュージカルに出演したが目立ったヒット作は無かった。だが、1954年にはアービング・バーリンが書いた最後の映画音楽になる『ショウほど素敵な商売はない』(There's No Business Like Show Business)でエセル・マーマン、ドナルド・オコナー、マリリン・モンロー、ダン・デイリー、ジョニー・レイなどと出演してスターの仲間入りした。
1956年に『陽気のせいデス』(The Birds and the Bees)や『夜は夜もすがら』(Anything Goes)、翌年『魅惑の巴里』(Les Girls)や『抱擁』(The Joker is Wild)、1958年には『南太平洋』(South Pacific)などに出演し、コメディやシリアスドラマなどを幅広く演じてハリウッド・ミュージカルのスターに登りつめた。『南太平洋』では、当時27歳のミッチー・ゲイナーは、看護婦ネリー・フォーブッシュ役を演じ、背(167cm)は高くないのに、驚くほど長くて美しい脚、抜群のプロポーションを披露し、陽気なヤンキー・ガールぶりがとても新鮮で魅力的であった。1960年代半ばからは、ミュージカル映画の人気は低下して、彼女もクラブ、劇場やテレビなどに出演し、人気は続き、現在も活躍しているが、容姿に恵まれ、健康的で歌って踊れる魅力的な女優である。私生活では、1954年、MCAのタレントエージェント、広報担当重役のジャック・ビーン(Jack Bean)と結婚した。2009年には、カリフォルニア州チャップマン大学の功労賞を受賞し、2010年には、彼女のテレビ、音楽ドキュメンタリーで特別優秀エンターテイメント・プログラムやNATASでのエミー賞受賞している。
ミッチー・ゲイナー出演作品
Filmography:Mitzi Gaynor
タイトル太字は"Full Movie"が楽しめます。
(As for a title bold hand, it is possible to enjoy "Full Movie".)
『私の青空』(My Blue Heaven) (1950)Gloria Adams
『-』(Golden Girl)(1951)Lotta Crabtree
『-』(Take Care of My Little Girl) (1951)Adelaide Swanson
『-』(Bloodhounds of Broadway)(1952)Emily Ann Stackerlee
『-』(We're Not Married!)(1952)Patricia 'Patsy' Reynolds Fisher
(Twentieth Century Fox Film)Ginger Rogers, Marilyn Monroe.
Director:Edmund Goulding
『-』(The I Don't Care Girl)(1953)Eva Tanguay
『-』(Down Among the Sheltering Palms)(1953)Rozouila
『-』(Three Young Texans)(1954)Rusty Blair (Panoramic Productions/Twentieth Century Fox Film) Mitzi Gaynor, Jeffrey Hunter.Director:Henry Levin
『ショウほど素敵な商売はない』(There's No Business Like Show Business)(1954)Katy Donahue
『陽気のせいデス』(The Birds and the Bees)(1956)Jean Harris
『夜は夜もすがら』(Anything Goes)(1956)Gaby Blair
(Paramount Pictures)Bing Crosby, Donald O'Connor,Mitzi Gaynor.
Director:Robert Lewis
『魅惑の巴里』(Les Girls)(1957)Joy Henderson
『抱擁』(The Joker is Wild)(1957)Martha Stewart
『南太平洋』(South Pacific)(1958)Nellie Forbush
『-』(Happy Anniversary)(1959)(performer: "Happy Anniversary"
『恋のクレジット』(For Love or Money)(1956)Gaby Blair (Paramount Pictures)Bing Crosby, Donald O'Connor. Director:Robert Lewis
"Mitzi Gaynor Shrine" Website
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ロッサノ・ブラッツィ(Rossano Brazzi)
ロッサノ・ブラッツィ(Rossano Brazzi)は、1916年9月18日、エミリア・ロマーニャ州生まれで、4歳の時にボローニャからトスカーナ州フィレンツェに移り住み、サンマルコ大学に進学、学生時代から演劇に関心を持っていたが、卒業後に弁護士事務所に勤めていたところ認められ舞台に出演した。ラジオやアメリカ映画のイタリア語版吹替の声優として活躍していたが、1939年に『Il destino in tasca』で、イタリア映画で映画デビューを飾った。
1947年に渡米し、マーヴィン・ルロイ監督の『若草物語』(Little Women)(1949年)に出演するが脚光をあまり浴びず、帰伊するが、やがて、再度渡米し、1954年に『愛の泉』(Three Coins in the Fountain)で国際的な名声を得、『裸足の伯爵夫人』(Barefoot Contessa)(1954)や、キャサリン・ヘップバーンと共演した『旅情』(Summertime)(1955)で人気スターとなり、その後、『南太平洋』(South Pacific)(1958)や『恋愛専科』(Rome Adventure)(1962)等に出演し人気を不動のものにして国際的に活躍した。 ロッサノ・ブラッツィは、1994年、クリスマス・イヴの12月24日、ローマで神経系病気が原因で78歳で亡くなった。 ちなみに『ゴッドファーザー』のヴィトー・コルレオーネ役のオファーが来たが、断っている。(後にマーロン・ブランドが演じた役)
ロッサノ・ブラッツィ出演作品
Filmography:Rossano Brazzi
タイトル太字は"Full Movie"が楽しめます。
(As for a title bold hand, it is possible to enjoy "Full Movie".)
『-』(Il destino in tasca)(1938)
『-』(Piccolo hotel)(1939)
『-』(Processo e morte di Socrate)(1939)Simmia
『-』(Kean)(1940)Edmund Kean
『-』(Ritorno)(1940)Michele Donato, alias Mac Dynar
『-』(La forza bruta)(1941)Fred
『トスカ』(Tosca)(1941)Mario Cavaradossi
『-』(Il Bravo di Venezia)(1941)Guido Fuser, suo figlio
『-』(Il re si diverte)(1941)Il re Francesco Io
『-』(E caduta una donna)(1941)Roberto Frassi
『-』(Piazza San Sepolcro)(1942)
『-』(Una signora dell'ovest)(1942)William / Manuel
『-』(Noi vivi)(1942)Leo Kovalenski
『-』(Addio Kira!)(1942)Leo Kovalenski
『-』(La gorgona)(1942)Lamberto Finquinaldo
『-』(I due Foscari)(1942)Jacopo Foscari
『-』(Maria Malibran)(1943)Carlo de Beriot
『-』(Damals)(1943)Pablo
『-』(Il treno crociato)(1943)Il tenente Alberto Lauri
『-』(Silenzio, si gira!)(1943)Andrea Corsi
『リゴレット』(Le Roi S'amuse)(1944)Francois 1
『-』(I dieci comandamenti)(1945)(segment "Non commettere atti impuri")
『-』(La resa di Titi)(1945)
『-』(La casa senza tempo)(1945)Capitano Paolo Sivera
『-』(Paese senza pace)(1946)Tita Nane
『-』(Malia)(1946)Cola
『-』(Aquila Nera)(1946)Vladimir Dubrowskij
『-』(La monaca di Monza)(1947)
『-』(Eleonora Duse)(1947)
『肉体の誘惑』(Furia)(1947)Antonio
『-』(La grande aurora)(1947)Renzo Gamba
『-』(Il passatore)(1947)Stefano Pelloni
『-』(Il corriere del re)(1947)Julien Sorel
『-』(Il diavolo bianco)(1947)Prince Andre Mdwani
『-』(I contrabbandieri del mare)(1948)Mario
『若草物語』(Little Women)(1949)Professor Bhaer
(Metro-Goldwyn-Mayer )June Allyson, Peter Lawford.
Director:Mervyn LeRoy
『噴火山の女』(Vulcano)(1950)Donato
『-』(Gli inesorabili)(1950)Saro Costa
『-』(Romanzo d'amore)(1950)Enrico Toselli
『-』(La vendetta di Aquila Nera)(1951)Vladimir Dubrovskij
『-』(La corona negra)(1951)Andres
『-』(Incantesimo tragico)(1951)Pietro
『-』(Eran trecento)(1952)
『-』(La leggenda di Genoveffa)(1952)Sigfrido
『-』(La donna che invento l'amore)(1952)Conte Grilli
『-』(Il boia di Lilla)(1952)Conte de la Fere aka Athos
『-』(L'ingiusta condanna)(1952)Carlo Rocchi
『-』(C'era una volta Angelo Musco)(1953)The story-teller
『-』(La prigioniera della torre di fuoco)(1953)Cesare Borgia
『-』(Carne de horca)(1953)Juan Pablo de Osuna
『-』(La barriera della legge)(1954)Lt. Mario Grandi
『愛の泉』(Three Coins in the Fountain)(1954)Georgio Bianchi
(Twentieth Century Fox Film)Clifton Webb, Dorothy McGuire.
Director:Jean Negulesco
『-』(La chair et le diable)(1954)Giuseppe Guardini
『-』(Il figlio di Lagardere)(1954)Philippe de Lagardere
『-』(La contessa di Castiglione)(1954)Comte de Cavour
『裸足の伯爵夫人』(Barefoot Contessa)(1954)Count Vincenzo Torlato-Favrini
『-』(Angela)(1954)Nino
『-』(Il conte Aquila)(1955)Conte Federico Confalonieri
『-』(Gli ultimi cinque minuti)(1955)Dino Moriani
『旅情』(Summertime)(1955)Renato de Rossi
(London Film Productions)Katharine Hepburn, Rossano Brazzi.
Director:David Lean
『-』(Faccia da mascalzone)(1956)
『-』(Loser Takes All)(1956)Bertrand
『光は愛とともに』(The Story of Esther Costello)(1957)Carlo Landi (Romulus Films)Joan Crawford, Rossano Brazzi,Heather Sears.
Director:David Miller
『間奏曲』(Interlude)(1957)Tonio Fischer
(Universal International Pictures)June Allyson, Rossano Brazzi.
Director:Douglas Sirk
『失われたものの伝説』(Legend of the Lost)(1957)Paul Bonnard (Batjac Productions/United Artists)John Wayne, Sophia Loren,Rossano Brazzi
Director:Henry Hathaway
『南太平洋』(South Pacific)(1958)Emile De Becque
『ある微笑』(A Certain Smile)(1958)Luc Ferrand
(Twentieth Century Fox Film)Rossano Brazzi, Joan Fontaine.
Director:Jean Negulesco
『-』(Count Your Blessings)(1959)Charles Edouard de Valhubert
『-』(L'assedio di Siracusa)(1960)Archimede
『-』(Austerlitz)(1960)Lucien Bonaparte
『-』(Light in the Piazza)(1962)Signor Naccarelli
『恋愛専科』(Rome Adventure)(1962)Roberto Orlandi
『-』(Die Rote)(1962)Fabio
『-』(Les quatre verites)(1962)Leo (segment "Le lievre et le tortue")
『-』(Pao de Acucar)(1964)Claudio DeSantis
『-』(L'intrigo)(1964)Count Paolo Barbarelli
『-』(La ragazza in prestito)(1964)Mario Menacci
『湖愁』(The Battle of the Villa Fiorita)(1965)Lorenzo
『-』(Un amore)(1965)Antonio Dorigo
『-』(La ragazza del bersagliere)(1966)Fernando Moschino
『-』(Il Natale che quasi non fu)(1966)Phineas T. Prune
『-』(Gli altri, gli altri e noi)(1967)
『-』(Per amore... per magia...)(1967)Il narratore
『女と女と女たち』(Woman Times Seven)(1967)Giorgio - episode 'Amateur Night'
『無責任恋愛作戦』(The Bobo)(1967)Carlos Matabosch
『紅ばらがひらく夜』(Il diario segreto di una minorenne)(1968)
『キング・オブ・アフリカ』(Caccia ai violenti)(1968)Dr. Hamilton
『-』(Sette uomini e un cervello)(1968)Ross Simpson
『ジャワの東』(Krakatoa, East of Ja)(1969)Giovanni
『-』(Salvare la faccia)(1969)Brigoli
『ミニミニ大作戦』(The Italian Job)(1969)Beckerman
『-』(Vita segreta di una diciottenne)(1969)
『冒険者』(The Adventurers)(1969)Baron de Coyne
『-』(Intimita proibite di una giovane sposa)(1970)Adolfo Rogano
『-』(Trittico)(1971)Andrea, the Surgeon
『-』(Vivi ragazza vivi!)(1971)
『-』(Il giorno del giudizio)(1971)Sheriff
『-』(Racconti proibiti... di niente vestiti)(1972)Lorenzo del Cambio
『美しく青きドナウ』(The Great Waltz)(1972)Tedesco
『-』(Mister Kingstreet's War)(1973)
『-』(Terror! Il castello delle donne maledette)(1974)Count Frankenstein
『-』(Detras de esa puerta)(1975)Ambassador Lara
『-』(Giro girotondo... con il sesso e bello il mondo)(1975)
『-』(Il cav. Costante Nicosia demoniaco, ovvero: Dracula in Brianza)(1975) Dr. Paluzzi
『-』(Gli angeli dalle mani bendate)(1975)
『-』(Il tempo degli assassini)(1975)Father Eugenio
『-』(Mr. Too Little)(1978)Zabo The Great
『-』(Caribia)(1978)
『-』(Io e Caterina)(1980)Arthur
『-』(Champagne... e fagioli)(1980)Narrator (uncredited)
『オーメン 最後の闘争』(The Final Conflict)(1981)DeCarlo
『-』(Anche i ladri hanno un santo)(1981)
『-』(La voce)(1982)
『-』(Il paramedico)(1982)
『-』(Fear City)(1984)Carmine
『-』(Final Justice)(1985)Don Lamanna
『-』(7, Hyden Park: la casa maledetta)(1985)Dr. Sernich
『-』(We the Living)(Leo Kovalenski)(1986)
『-』(La collina del diavolo)(1988)Mr. Panama
『-』(Russicum - I giorni del diavolo)(1988)Marini
『-』(Fatal frames: Fotogrammi mortali)(1996)Dr. Lucidi
"The Rossano Brazzi international Network" Website
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ジョン・カー(John Kerr)
ジョン・カーは、1931年、生まれ、舞台及び映画俳優のジェフリー・カーとジューン・ウオーカーの両親のもとにニューヨークで生まれたが、祖父のフレデリック・カーは、1880〜1930年にかけてイギリスの有名な性格俳優であった。彼はニュー・イングランドのフィリップス・エクセター・アカデミー(Phillips Exeter Academy)で学び、ケンブリッジの"Brattle Theatre"で働いた。彼は、自分が作ったハイ・スクール・コメデイ「シトー修道士」をブロードウェイでデビューし、シアター・ワールド・アワードを受賞している。1955年に、ロバート・アンダーソンのオリジナル戯曲舞台劇『お茶と同情』に出演した。その後、劇作家ロバート・E・シャーウッドが書いた『ウォータールー橋』のリメーク映画『哀愁物語』(Gaby)(1956年)でレスリー・キャロンと共演し、それは1931年のバージョンでジョンの祖父フレデリック・カーが演じたものであった。同年、アンダーソン自ら脚色演出し映画化された『お茶と同情』にデボラ・カーと共演し、シスター・ボーイという言葉が流行ったが、彼はトニー賞を受賞した。
1957年に、ウルスラ・ケアの同名小説の映画化で南フランスのセント・トローベの葡萄園に繰りひろげる異色のドラマ『葡萄の季節』(The Vintage)(1957)で、ピア・アンジェリやメル・フェラーと共演した。1958年にロジャースとハマースタインのヒット・ミュージカル『南太平洋』で、危険な任務に派遣されたケーブル中尉として主要な役割を演じ、1960年の空に賭ける男を描いたアクション映画『翼の男』(Crowded Sky)では、旅客機のパイロット(ダナ・アンドリュース)を助ける副操縦士のマイク・ルールを演じた。1961年、ロジャー・コーマンの『The Pit and the Pendulum』で、ビンセント・プライスやバーバラ・ステールと共演し、1965年、NBCのヒチコック・シアター(The Alfred Hitchcock Hour)にゲスト出演する。1965年から66年の"ABC-TV primetime"のテレビ・シリーズ『ペイトン・プレイス』では、ジョン・ファウラー地方検事を演じ、1970年代には、テレビシリーズ"Quinn Martin"でジェラルド・オブライエン検察官を再度演じるようにテレビ出演が多くなった。私生活では、ハーバードでセルボークロアチア言語でクラスでプリシラ・スミスと会い、1952年12月28日結婚したが、1972年に離婚し、1979年にバーバラ・チューと再婚した。最初の結婚で3人の子供(息子と2人の娘)がいる。
ジョン・カーの出演作品
Filmography:John Kerr
タイトル太字は"Full Movie"が楽しめます。
(As for a title bold hand, it is possible to enjoy "Full Movie".)
『蜘蛛の巣』(The Cobweb)(1955)Steven W. Holte
『哀愁物語』(Gaby)(1956)Gregory Y. Wendell
『お茶と同情』(Tea and Sympathy)(1956)Tom Robinson Lee
『葡萄の季節』(The Vintage)(1957)Ernesto Barandero
『南太平洋』(South Pacific)(1958)Lt. Joseph Cable, USMC
『翼の男』(The Crowded Sky)(1960)Mike Rule
『-』(Girl of the Night)(1960)Larry Taylor
『-』(Pit and the Pendulum)((1961)Francis Barnard
(Alta Vista Productions )Vincent Price, John Kerr
Director:Roger Corman
『キング・オブ・キングス』(King of Kings)(1961) Man at Sermon on the Mount (uncredited) (Metro-Goldwyn-Mayer) Jeffrey Hunter, Siobhan McKenna.Director:Nicholas Ray
『-』(Seven Women from Hell)(1961)Lt. Bill Jackson
『-』(Dealing: Or the Berkeley-to-Boston Forty-Brick Lost-Bag Blues)(1972)Stockbroker (uncredited)
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ファニタ・ホール(Juanita Hall)
ファニタ・ホールは、1901年11月6日、ニュージャージーに生まれ、ジュリアード学校での伝統的なトレーニングを受け、1930年代の初期には、ホール・ジョンソン聖歌隊の特別なソリストでまた助監督を勤めていた。彼女は、個人的にリチャードロジャースとオスカーハマースタインの作品『南太平洋』(1950)と『フラワー・ドラム・ソング』(1961)にキャステイングされ、それぞれトンキン女のブラッディ・メリーと中国系アメリカ人のマダム・リンを演じた。
彼女は、ブロードウェイのマジェステック劇場で1949年4月7日に開幕した『南太平洋』でエンツイオ・ピンツァやメアリー・マーティンと共演し、ブラッディメリー役を1,925回演じ、助演女優としてトニー賞を獲得した最初のアフリカ系アメリカ人となった。1954年には、ブロードウエイ・ミュージカル『House of Flowers』でハロルド・アダムソンの"Slide Boy Slide"を歌って踊り、彼女自身の合唱団グループ(ファニタ・ホール聖歌隊)をアセンブルし、コンサート、映画、レコードや放送などで多忙を極めたが、私的なステージ・マネージャーのクラブの「Talent 48」のオーディションを受けた。後で、彼女はソープ・オペラをラジオの"National Negro Network"で全国的に"The Story Of Ruby Valentine"の話を放送、続きは、35の局で放送されて「フィリップ・モリス」や「ペット・ミルク」がスポンサーになった。
1957年に、ジャズ・ミュジシャンのクロード・ホプキンズ、コールマン・ホーキンズ、バスター・ベイリー、ドク・チーザム、およびジョージ・デュヴィヴィエなどのジャズ・ミュージシャンのグループとニューヨークのベルトン・スタジオでブルースを歌ってレコードに吹き込みしている。1958年にロードウェイの舞台の『フラワー・ドラム・ソング』は開幕し、ニューヨーク、セント・ジェイムズ劇場で、600回 公演され、1961年に映画化されたが、ナンシー・梅木とファニタ・ホールは、舞台と同じ役で映画に出演した。この作品は、C・Y・リーの小説で、サンフランシスコの中国人社会を描いたもので、祖国の伝統を守ろうとする親の世代とそれを破ってアメリカ社会にとけ込もうとする二世の子供たちの対立を軽いタッチで描かれているが、ナンシー・クワンの闊達な踊りには目を奪われる。彼女は、10代で俳優のクレメント・ホールと結婚したが、彼は1920年代に亡くなり、彼女は、ロングアイランドのベイショアで病気の合併症で1968年2月28日に他界した。
ファニタ・ホールの出演作品
Filmography:Juanita Hall
タイトル太字は"Full Movie"が楽しめます。
(As for a title bold hand, it is possible to enjoy "Full Movie".)
『-』(Paradise in Harlem)((1939)Singer in Audience (as Juanita Hall Singers)(Jubilee Pictures Corp.)Frank H. Wilson, Mamie Smith
Director:Joseph Seiden
『-』(Miracle in Harlem)(1948)Juanita Hall - Specialty 'Chocolate Candy Blues' (Herald Pictures)Sheila Guyse, Stepin Fetchit.Director:Jack Kemp
『-』Harlem Follies of 1949(1950)
『南太平洋』South Pacific(1950)Bloody Mary
『フラワー・ドラム・ソング』Flower Drum Song(1961)'Auntie' Liang
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フランス・ニューエン(France Nuyen)
フランス・ニューエン(France Nguyen Van Nga)は、1939年7月31日、マルセイユで生まれた。彼女の母はフランス人で、父はベトナム人で、第二次世界大戦中には、彼女の母と祖父はジプシーであるためにナチによって迫害されたが、彼女はマルセイユ
で育てられた。1955年、お針子として働いていたが、ライフ・マガジンのカメラマンのフィリップ・ハルスマンに海岸で出会って、1958年、ライフの特集に掲載された。その後、彼女は舞台女優になり、1958年、舞台劇『The World of Suzie Wong』に出演し、1960年に映画化されたが、その役はナンシー・クワンが演じた。
1963年、ハワイの農場を舞台に原住民と白人入植者との葛藤を描いたピーター・ギルマンのベストセラー小説の映画化の『ダイアモンド・ヘッド』で、カウアイ島のキングと言われるリチャード・ハウランド(チャールトン・ヘストン)が囲っている中国系の女メイ・チェンを熱演し、1978年の『刑事コロンボ』(Murder Under Glass)では、ゲスト・スターとして出演した。
1986年、『St. Elsewhere』で"Dr. Paulette Kiem"を演じ、シリーズは1988年まで続いた。1963年から1966年まで精神医の"Dr. Thomas Gaspar Morell"と結婚生活を送りひとり娘の"Fleur"に恵まれ、カナダに住んだが、ロバート・カルブのショーで『I Spy』で彼と出会い、1967年に再婚するが、3年後に離婚した。彼女とカルブは、1969年、テレビシリーズ、『ターン・オン』(Turn-On)で、セカンド・エピソードのホストとして出演することになっていたが、ほんの1週間の後にキャンセルさた。1986年、彼女は、臨床心理学の修士号を獲得して、2番目のキャリアを開始し、刑務所で虐待された子供と女性のためのカウンセラーを行ない、1989年に"Woman of the Year award"を受賞した。
フランス・ニューエンの出演作品
Filmography:France Nuyen
タイトル太字は"Full Movie"が楽しめます。
(As for a title bold hand, it is possible to enjoy "Full Movie".)
『南太平洋』(South Pacific)(1958)Liat
『大戦争』(In Love and War) (1958)Kalai Ducanne
『-』(The Last Time I Saw Archie)(1961)Cindy Hamilton
(Manzanita Productions)Robert Mitchum, Jack Webb
Director:Jack Webb
『誘惑の夜』(Satan Never Sleeps)(1962)Siu Lan
(Twentieth Century Fox Film)William Holden, Clifton Webb
Director:Leo McCarey
『-』(A Girl Named Tamiko) (1962)Tamiko
『ダイヤモンド・ヘッド』(Diamond Head) (1963)Mai Chen
『銃殺指令』(Man in the Middle)(1963) Kate Davray
『-』(Dimension 5)(1966)Kitty
(Harold Goldman Associates)Jeffrey Hunter, France Nuyen
Director:Franklin Adreon
『-』(Slingshot)(1971)
『最後の弾丸』(One More Train to Rob)(1971)Ah Toy
『-』(The Big Game)(1973)Atanga
『-』(Battle for the Planet of the Apes)(1973)Alma
『-』(China Cry: A True Story)(1990)Mrs. Sung
(Parakletus)Julia Nickson, France Nuyen
Director:James F. Collier
『-』(Write to Kill)(1991)Alexandra Cordier
『ジョイ・ラック・クラブ』(The Joy Luck Club)(1993)Ying-Ying - The Mother
『-』(A Passion to Kill)(1994)Lou Mazaud
『-』(Angry Cafe)(1995)Rosie
『-』(A Smile Like Yours)(1997)Dr. Chin
『-』(The Battle of Shaker Heights)(2003)Xiou-Xiou Ling
(LivePlanet, Miramax Films)Shia LaBeouf, Elden Henson
Directors:Efram Potelle, Kyle Rankin
『-』(The American Standards)(2008)Dr. Pierce
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Songs
「ブラッディ・メリー」(Bloody Mary)Performed by Men's Chorus
「ご婦人が一番」(There Is Nothin' Like a Dame)Performed by Ray Walston, Men's Chorus
「バリハイ」(Bali Ha'i)Performed by Juanita Hall(vocal for Miss Hall: Muriel Smith)
「やぶにらみの楽天家」(A Cock-Eyed Optimist)Performed by Mitzi Gaynor
「二つの独白」(Twin Soliloquies)Performed by Mitzi Gaynor, Rossano Brazzi
(vocal for Mr. Brazzi: Giorgio Tozzi)
「魅惑の宵」(Some Enchanted Evening)Performed by Rossano Brazzi
(vocal for Mr. Brazzi: Giorgio Tozzi)
「私に告げて」(Dites-moi 'Tell Me Why')Performed by Rossano Brazzi, Candace Lee, Warren Hsieh(vocal for Mr. Brazzi: Giorgio Tozzi; vocal for Miss Lee: Marie Greene; vocal for Master Hsieh: Betty Wand)
「あの人を忘れたい」(I'm Gonna Wash That Man Right Outa My Hair)Performed by Mitzi Gaynor, Women's Chorus
「ワンダフル・ガイ」(A Wondeful Guy)Performed by Mitzi Gaynor, Women's Chorus
「春よりも若く」(Younger Than Springtime)Performed by John Kerr(Vocal for Mr. Kerr: Bill Lee)
「ハッピー・トーク」(Happy Talk)Performed by Juanita Hall (dubbed by Muriel Smith)Danced by France Nuyen
「おいしいパン」(Honey Bun)Performed by Mitzi Gaynor, Ray Walston, and Chorus
「マイ・ガール・バック・ホーム」(My Girl Back Home)Performed by John Kerr (dubbed by Bill Lee), Mitzi Gaynor
「用心深い話」(You've Got to Be Carefully Taught)Sung by John Kerr (dubbed by Bill Lee)
「ほとんど私のもの」(This Nearly Was Mine) Performed by Rossano Brazzi (dubbed by Giorgio Tozzi)
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キャスト Cast(役名)
ロッサノ・ブラッツィ(Rossano Brazzi/Emile de Becque)
ミッチー・ゲイナー(Mitzi Gaynor/Nellie Forbush)
ジョン・カー(John Kerr/Lt.Cable)
レイ・ウォルストン(Ray Walston/Luther Billis)
ファニタ・ホール(Juanita Hall/Bloody Mary)
フランス・ニューエン(France Nuyen/Liat)
ラス・モーガン(Russ Morgan/Capt.Brackett)
ジャック・ムラニー(Jack Mullaney/Professor)
スタッフ Staff
製作:バディ・アドラー(Buddy Adler)
監督:ジョシュア・ローガン(Joshua Logan)
原作:ジェームズ・A・ミッチェナー(James A. Michener)「南太平洋物語」より 原作戯曲:オスカー・ハマースタイン2世(Oscar Hammerstein II リチャード・ロジャース(Richard Rodgers)、ジョシュア・ローガン(Joshua Logan)
脚色:ポール・オスボーン(Paul Osborn)
作曲:リチャード・ロジャース(Richard Rodgers)
音楽監修・指揮:アルフレッド・ニューマン(Alfred Newman)
撮影:レオン・シャムロイ(Leon Shamroy)
編集:ロバート・シンプソン(Robert Simpson)
Loyd THX Theater
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